【孫子の兵法×投資】元債券ディーラーが悟った「戦わずして勝つ」生存戦略。バフェットも実践する負けない極意

投資マインド・コラム

※この記事は、元債券ディーラーのCappiが執筆しています。詳しいプロフィールはこちら

「投資とは、食うか食われるかの戦いである」

そう思って、毎日画面に張り付き、消耗していませんか? かつて証券会社のディーリングルームという「最前線」にいた私も、そう思っていました。秒単位で数百億円が飛び交い、怒号が響く修羅場。そこはまさに戦場でした。

しかし、その過酷な戦場で長年生き残り、成功した「真の勝者」たちには、ある意外な共通点がありました。 彼らは、血で血を洗うデイトレードの達人でもなければ、リスクを恐れぬ勇者でもありませんでした。

彼らは、「極めて臆病」で、「勝てる時まで、徹底して戦わなかった」のです。

これは、2500年前に書かれた最強の兵法書『孫子』の教えそのものです。 そして、現代最強の投資家ウォーレン・バフェットもまた、この古代の兵法を忠実に実践しています。

この記事では、元債券ディーラーの私が相場の世界で痛感した「負けないための生存戦略」を、孫子の兵法を借りて解説します。 AIが支配する現代の相場で、個人投資家が生き残る唯一の道。それは「戦わずして勝つ」ことです。


1. マーケットは「きれいごと」抜きの戦場だ。まず「生き残る」ことを考えよ

投資の世界において、孫子の兵法は「敵を倒すための攻撃の書」だと誤解されがちです。 しかし、孫子が最も重視したのは攻撃ではありません。 「自軍を全滅させないこと(不敗の態勢)」です。

投資も全く同じです。 資産を増やすことよりも、「退場しないこと(破産しないこと)」が最優先事項です。一度でも退場してしまえば、その後の複利効果も、アベノミクスのような上昇相場も、すべて無意味になるからです。

ディーリングルームで消えていった「勇猛な戦士」たち

私が証券会社のディーリングルームにいた頃、数多くの「勇ましい同僚」たちを見てきました。 彼らはリスクを恐れず、巨額のポジションを取り、一時的には派手な利益を上げてフロアの英雄になりました。

しかし、彼らの多くは数年以内に姿を消しました。 たった一度の予期せぬ暴落、たった一度の読み違いで致命傷を負い、マーケットから強制退場させられたのです。

一方で、10年、20年としぶとく生き残っている「本当に成功しているディーラー」たちはどうだったか? 彼らは、拍子抜けするほど「臆病」でした。

  • 少しでも分が悪いと感じたら、利益が乗っていてもすぐに降りる。

  • 「分からない相場」には、頑として手を出さない。

  • 「機会損失(儲けそこなうこと)」よりも「損失(金を減らすこと)」を、異常なほど嫌う。

彼らにとっての勇気とは、「リスクを取る勇気」ではなく、「チャンスが来るまで、何もしないで待つ勇気」だったのです。

「相場において、無謀な勇気は死を招く。生き残るために必要なのは、徹底的な臆病さと慎重さだ」

これが、私がディーリングルームという戦場で、屍(しかばね)を乗り越えて学んだ最初の、そして最大の教訓です。


2. 【教え①】勝兵は先ず勝ちて、而る後に戦いを求む(エントリーの極意)

孫子の言葉の中で、投資家に最も重要なのがこの一節です。

「勝兵は先ず勝ちて、而(しか)る後に戦いを求む。敗兵は先ず戦いて、而る後に勝ちを求む」(勝つ軍隊は、勝つ条件を整えてから開戦する。負ける軍隊は、とりあえず戦い始めてから勝ちを模索する)

これは、投資における「エントリー(買い)」の絶対的な真理です。 私がディーラー時代に見てきた「負け続ける人」と「勝ち続ける人」の違いも、まさにここにありました。

負ける投資家は「買ってから」祈る。勝つ投資家は「勝ってから」買う

多くの個人投資家(敗兵)は、順序が逆です。

  • ❌ 敗兵の行動パターン:

    • ニュースやSNSで話題になっている銘柄を、「上がりそうだから」という理由でとりあえず買う。

    • ポジションを持ってから「上がってくれ!」と神に祈り始める。

    • これは投資ではなく、運任せのギャンブルです。

一方、プロの中でも長期的に生き残っている投資家(勝兵)は違います。

  • ⭕️ 勝兵の行動パターン:

    • 徹底的に企業分析(ファンダメンタルズ分析)を行う。

    • 「現在の株価は理論価値より明らかに安い(安全域がある)」と確信した時だけ、静かにエントリーする。

    • 買った時点で、論理的にはすでに勝負がついている(=勝っている)のです。あとは市場がその価値に気づくのを待つだけです。

勝つための条件=「Moat(経済の堀)」と「安全域」

では、具体的にどうすれば、株式投資において「戦う前に勝つ」ことができるのでしょうか? その条件は、以下の2つが揃った時です。

  1. 強力な「Moat(経済の堀)」があること:

    • ライバルが参入できない「独占的な強み」を持っている企業を選ぶ。これにより、長期的な利益成長が約束されます。

  2. 十分な「安全域(Margin of Safety)」があること:

    • その素晴らしい企業が、暴落や一時的な悪材料で「不当に安く」売られている時に買う。

盤石な城壁(Moat)を持つ企業を、バーゲン価格(安全域)で仕込む。 これができた瞬間、あなたの勝利は99%確定します。その後の株価変動はただのノイズであり、時間はあなたの味方になります。

私が実践している「Moat銘柄の具体的な見分け方」と「安全域」という考え方については、以下の記事で解説しています。これを読めば、あなたも「勝兵」の思考を手に入れられるはずです。

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3. 【教え②】彼を知り己を知れば、百戦殆(あや)うからず(リスク管理の極意)

孫子の兵法の中で、最も有名な一節があります。

「彼(敵)を知り己(おのれ)を知れば、百戦殆(あや)うからず」

意味:敵の実情を知り、自軍の実力も知っていれば、何度戦っても危険な目には遭わない。

あまりにも有名な言葉ですが、投資の世界でこれを正しく実践できている人は、驚くほど少ないのが現実です。 なぜなら、多くの投資家は「彼(攻略対象)」の正体を、根本的に履き違えているからです。

「彼(敵)」を知る:それは銘柄ではなく「マクロ環境(金利)」である

多くの個人投資家は、攻略すべき相手を「個別の銘柄(NVIDIAやテスラ)」だと思っています。企業の業績やチャート分析に必死になるのはそのためです。

しかし、私たちプロにとっての最大の敵、あるいは攻略すべき「地形」とは、「マクロ経済」、とりわけ「金利」です。

どんなに精強な軍隊(超優良企業)であっても、暴風雨や沼地(金利急騰・リセッション)の中に突撃させれば、全滅します。 「今、FRBは利上げに向かっているのか?」「10年債利回りは危険水準か?」 この相場の地形(マクロ)を把握せずに株を買うのは、目隠しをして地雷原を歩くようなものです。

地形(金利)さえ読み解ければ、戦うべき場所と、逃げるべき場所が明確に見えてきます。敵の地形(金利)を正しく読む方法は、以下の記事で徹底解説しています。

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「己(自分)」を知る:あなたのメンタルが耐えられる「金額」はいくらか?

そして、もう一つ重要なのが「自分を知ること」。 これは性格診断ではありません。投資における「リスク許容度」の把握です。

「資産の何%が吹き飛んだら、あなたは平常心を失うか?」

ディーラー時代、私は多くの同僚が自滅するのを見てきました。彼らが負けた原因の一つは、「自分のメンタルの器(許容度)を超えた巨大なポジション」を持ってしまったからです。

身の丈に合わないポジションを持つと、人は正常な判断ができなくなります。 わずかな値動きでパニックになり、底値で投げ売りし、天井で飛びつく。自ら負けに行く行動をとってしまうのです。

孫子は「無理な戦い」を戒めています。 暴落が起きても、枕を高くして眠れるサイズでしか戦わない。 この「己を知る(資金管理)」ことこそが、相場で生き残るための最強のメンタル管理術なのです。


4. 【教え③】戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり(長期保有の極意)

孫子の兵法の中で、最も有名な教えの一つです。

「百戦百勝は善の善なる者に非(あら)ず。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」

意味:百回戦って百回勝つのは最高ではない。戦わずに敵を屈服させることこそが、最上の策である。

投資において「戦わずして勝つ」とはどういうことか? それは、プロやAIが血眼になって殴り合う「ゼロサムゲームの戦場」に足を踏み入れないことです。

デイトレードは「下策」。プロやAIと泥沼の白兵戦をするな

デイトレードや短期売買は、機関投資家やHFT(高頻度取引)アルゴリズムとの「直接対決」です。 彼らは個人投資家が太刀打ちできないスピードと資金力を持っています。これに個人のPC1台で挑むのは、孫子で言えば堅牢な城壁に生身で突撃する「攻城戦」のようなもの。 最も被害が大きく、成功率が低い、避けるべき「下策」です。

個人投資家がプロ相手にどう振る舞うべきかという戦略については以前にこちらの記事にまとめましたので、ぜひご覧ください。

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最強の兵法は「長期保有」。時間を味方につけた不戦勝

では、個人投資家ができる「戦わない勝ち方(不戦勝)」とは何か? それは、優良株を買って、あとは何もしない(Holdし続ける)ことです。

この戦略がなぜ最強なのか。

  1. 自分が寝ている間も、企業の従業員が働き、利益を積み上げてくれる。

    • あなたがチャートと戦う必要はありません。優秀な経営者と社員が代わりに戦ってくれます。

  2. 時間が経過するにつれ、複利効果が資産を雪だるま式に増やしてくれる。

    • 短期売買は「足し算」ですが、長期保有は「掛け算(複利)」です。時間は個人投資家だけに許された最強の味方です。

誰とも戦わず、ただ時間を味方につけて、果実が熟すのを待つ。 これこそが、バフェットが実践し、孫子が理想とした「善の善なる者(真の勝者)」の現代的解釈なのです。


5. 【教え④】投資家の「風林火山」。普段は「山」のごとく動かず、好機は「火」のごとく攻めよ

孫子の兵法といえば、武田信玄の旗印でも有名な「風林火山」です。

「疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵(おか)し掠(かす)めること火の如く、動かざること山の如し」

この言葉、私の「Moat銘柄への集中投資スタイル」においても常に心がけるようにしています。そして、あのウォーレン・バフェットこそが、この戦略を世界で最も忠実に実行している人物なのです。

【林・山】普段は静かに守りを固める(Cash is King)

多くの個人投資家は、常に何かを売買していないと落ち着かない「ポジポジ病」にかかっています。しかし、バフェットは違います。

  • 徐(しず)かなること林の如く:

    • バフェットは普段、ガチャガチャと売買しません。

    • ニュースやSNSのノイズに反応せず、ひたすら企業分析(Moatの確認)とマクロ環境の分析を行い、年次報告書を読み耽っています。

  • 動かざること山の如し:

    • これが最も重要で、最も難しいことです。

    • 株価が割高な時は、「何も買わない」でどっしりと構えます。

    • 実際、2023年〜2024年の株高局面で、バフェットはアップル株を一部売却し、手元の現金を過去最高の30兆円規模まで積み上げました。周りが「AIブームだ!」と騒いでいても、彼は山のように動じず、次の暴落を待っているのです。

【風・火】暴落(バーゲン)が来たら、全軍で出撃する

そして、数年に一度、〇〇ショックや金融引き締めで、優良なMoat銘柄が不当に暴落する時が来ます。ここで初めて、スイッチを切り替えます。

  • 疾(はや)きこと風の如く:

    • 暴落が起きた瞬間、迷わずエントリーします。「もっと下がるかも?」と恐怖している暇はありません。

  • 侵(おか)し掠(かす)めること火の如く:

    • 買う時は「お試し」ではありません。バフェットの有名な言葉通り、「金が降ってきたら、指抜き(thimble)ではなくバケツを出せ」です。

    • 普段温存していたキャッシュ(兵力)を、ここぞとばかりに一点集中で投入します。かつてリーマンショックの底値でゴールドマン・サックスやGEに巨額投資をしたように。

普段は山のように動かず、チャンスの時だけ火のように買う このメリハリこそが、個人投資家が大きく成功できる最強の規律(ディシプリン)なのです。


まとめ:投資の目的は「戦うこと」ではなく「資産を増やすこと」

最後に、私は『孫子の兵法』が大好きです。その理由をお話しします。

それは、孫子が「戦わないこと(非戦)」を誰よりも尊んだ兵法家だったからです。

ディーラー時代、私は毎日戦場にいました。 画面の中で明滅する数字と格闘し、心身をすり減らす日々。そんな中で出会った孫子の言葉は、私にとって単なる戦略論ではなく、「心の平安を保つための哲学」でした。

私たちは、スリルを味わうために投資をしているのではありません。 大切な家族を守り、人生をより豊かにするために、投資をしているはずです。

  1. 臆病であれ: 無駄な戦い(短期売買)はしない。

  2. 先ず勝て: Moatのある企業を「安全域」で買う。

  3. 戦うな: 買ったら放置して、複利という最強の援軍に仕事をさせる。

退場さえしなければ、時間は必ずあなたの味方をしてくれます。 焦らず、騒がず、静かに資産が育つのを待つ。 それこそが、私がディーラー時代にもがいてたどり着いた、最強にして最後の兵法です。

(※本記事は投資勧誘を目的としたものではありません。投資判断は自己責任で行ってください)

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