※この記事は、元債券ディーラーのCappiが執筆しています。詳しいプロフィールはこちら
「素晴らしい利益率を持つ企業を買ったのだから、あとは寝ながら持っておけばいい」
長期投資の世界では、これが正解だとよく言われます。 私も「競争優位性(Moat)」のある企業は、長期的には右肩上がりになると信じていますし、一度買ったら頻繁に売買する必要はないと考えています。
しかし、もしあなたが「金利」という知識を持っていたら、投資の景色はどう変わるでしょうか?
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「今は金利が高いから、全力買いは待とう」
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「業績は良いけど株価が下がったのは、金利のせいだから気にしなくていい(狼狽売りしなくていい)」
このように、「判断の解像度」が劇的に上がります。 金利を知ることは、売買を繰り返すためではなく、「自信を持って保有し続ける」ため、あるいは「高値掴みを避ける」ために最強の武器になるのです。
この記事では、元債券ディーラーの視点から、株価を動かす見えない重力「金利」の正体と、それを長期投資にどう活かすかを解説します。
1. なぜ「好決算」でも株価は暴落するのか?
株価を決めるのは「業績」だけではない。「重力」の存在を知る
株価は、主に以下の2つの要素の「綱引き」で決まります。
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業績(EPS): 株価を上げる力(アクセル)
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金利(長期金利): 株価を下げる力(ブレーキ/重力)
どんなに高性能なエンジンを積んだスポーツカー(好決算企業)でも、急勾配の上り坂(金利急騰)に差し掛かれば、スピードは落ちてしまいます。 「業績が良いのに株価が下がった…」という時、多くの人は「車の故障(企業の不祥事など)」を疑いますが、プロはまず「坂道の角度(金利)」を確認します。
初心者は「PL」だけを見て、プロは「マクロ(金利)」を見る
私が債券ディーラーだった頃、入社してすぐに気がついたことがあります。 プロのディーラーたちは、担当しているプロダクトが何であっても、朝出社したらまず初めに「米10年国債の利回り」をチェックしていました。
一方、個人投資家の多くは、企業の「PL(損益計算書)」の売上や利益の伸び率だけを見て、「これは買いだ!」と熱狂します。
しかし、プロの世界では常識があります。 「金利上昇局面では、PLが良くても株価の理論値(適正価格)そのものが切り下がる」 この前提を知らずに戦うのは、ルールを知らずにスポーツをするようなものです。
2. DCF法で見れば「金利上昇=株価下落」は絶対法則
なぜプロはそこまで金利を気にするのか? それは感覚ではなく、ファイナンスの基本公式である「DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)」の考え方を使えば一発で分かります。
ここでは最もシンプルな「定率成長モデル」の数式で説明します。
株価算出の基本公式
$$ P = \frac{CF}{r – g} $$
を理解する
難しい数式に見えますが、意味は小学生の「割り算」と同じです。
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P(株価): 答え
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CF(キャッシュフロー): 企業の利益(分子)
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r(割引率): ほぼ「長期金利」のこと(分母)
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g(成長率): 利益の成長スピード
ここで注目してほしいのは、金利(r)が「分母」にあるということです。
分母の「r(金利)」こそが、ハイテク株を下落させる犯人
割り算のルールを思い出してください。 「分母が大きくなれば、答え(数字)は小さくなる」。これは宇宙の真理ですよね?
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金利が上がる(分母が大きくなる)
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→ 自動的に 株価(答え)は小さくなる
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これが「金利が上がると株が下がる」数学的な理由です。FRB議長の発言が怖いから下がるのではありません。この数式に数値を当てはめると、自動的に「適正株価」が計算上安くなってしまうからです。
なぜバリュー株より「グロース株」の方が金利ダメージが大きいのか?
ここで、債券ディーラーが使う「デュレーション(期間)」という概念を使うと、謎がすべて解けます。 株式を「債券」に例えてみましょう。
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高配当・バリュー株(コカ・コーラなど):
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毎年着実に利益(クーポン)を生み出す。キャッシュフローの回収が早い。
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債券で言えば「残存期間の短い、高利回り債券」に近い。
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ハイテク・グロース株(NVIDIA、テスラなど):
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今は利益が少なくても、10年後、20年後に莫大な利益を生むことを期待されている。キャッシュフローの回収が遥か先。
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債券で言えば「残存期間30年のゼロクーポン債(割引債)」に近い。
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金利上昇は「遠くにあるお金」の価値を激減させる
金利が上がった時、価格が大きく下がるのはどっちでしょうか? 債券の常識ですが、「期間(デュレーション)が長いものほど、金利上昇のダメージを大きく受ける」という物理法則があります。
ハイテク株は「未来の利益」に価値の大部分があるため、金利という割引率で割り引かれる回数(年数)が多く、現在の価値(株価)が激減してしまうのです。 逆に、今の利益(配当)が厚いバリュー株は、金利の影響を受けにくい(デュレーションが短い)。
だからこそ、金利上昇局面では、資金が「グロース」から「バリュー」へと大移動(ローテーション)し、ハイテク株が暴落しやすいのです。
3. プロが見ている指標「イールドスプレッド」の適正水準とは?
「でも、PER(株価収益率)で見れば割安だよ?」と思うかもしれません。 しかし、元ディーラーの視点では、現在の米国株は「割高」と映ることがあります。その理由は「イールドスプレッド」にあります。
S&P500の「益利回り」と「国債利回り」を天秤にかける
プロは、株を単体では見ません。必ず「国債(リスクゼロの資産)」と比較します。
例えば、
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株式益利回り(株のリターン): S&P500のPERが20倍なら、利回りは 1÷20 = 5.0%
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米国債利回り(国債のリターン): 現在の10年債利回りが 4.5% だとする。
この差(スプレッド)は、わずか 0.5% です。
あなたなら、どちらを選びますか?
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A: 暴落するかもしれないリスクを背負って、5.0%のリターンを得る(株)
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B: 誰が何と言おうと、確実に4.5%のリターンが貰える(国債)
Bのほうが安心と感じる人も多いのではないでしょうか。
今の相場は、このスプレッドが近年でも珍しく、逆転してしまっているのです。つまり、「リスクを取ってまで株を買う旨味(妙味)が極めて薄れている」状態なのです。
(※CURRENT MARKET VALUATIONより抜粋)
バフェットが現金を積み上げている「真の理由」
実際、世界最高の投資家ウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハサウェイは、現在、過去最高レベルの現金を積み上げ、株をあまり買っていません。
参考ニュース:
ウォーレン・バフェット氏のバークシャー、現金保有高が過去最高を更新 (Bloomberg)
バフェット氏は「魅力的な価格の球(銘柄)が来るまでバットを振らない」と明言しています。
金利が高止まりし、イールドスプレッドが逆転している現在、バフェットの目には余程の銘柄でない限り、「米国債(TB)で4%貰っておくのが手堅い」と映っているのでしょう。 先ほどの数式を知っていると、バフェットの判断も定量的に理解できます。
4. 【実体験】2022年の暴落を「金利」で回避した話
理論だけでは説得力がありませんので、私の実体験をお話しします。 記憶に新しい2022年の米国株暴落(ナスダックが30%以上下落した年)の際、私がどのようにして資産を守ったか。それは「予測」ではなく、金利への「対応」でした。
なぜ無傷でいられたのか?
私が天才だったからではありません。「金利(ブレーキ)」が踏まれたのを見て、素直に「車(ハイテク株)」を降りたからです。
債券ディーラーとしての経験から、急激な利上げが始まれば、デュレーションの長いハイテク株がまず死ぬことは明白でした。 私は2021年末の時点で、保有していたハイテク株の多くを売却し、「高配当株(バリュー株)」や「キャッシュ」にシフトしました。
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ハイテク株: 金利上昇に弱い(大暴落)
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高配当株: 金利上昇に比較的強い(微減〜横ばい)
結果として、市場全体が悲鳴を上げている間、私は配当金を受け取りながら、次のチャンス(金利低下)を虎視眈々と待つことができました。 これは特別な予知能力ではなく、金利の法則に従っただけの「対応」に過ぎません。
5. 元ディーラーの現場から:金利0.1%の重み
個人投資家にとって「金利0.1%の変動」は誤差に見えるかもしれません。 しかし、数千億円を運用するプロの現場では、その0.1%が命取りになります。私が体験したディーリングルームの緊張感をお伝えします。
ディーリングルームで怒号が飛ぶ瞬間
私がディーラーをしていた頃、米国のCPI(消費者物価指数)発表直後などで、10年債利回りが一瞬で「0.1%」跳ね上がることがありました。
その瞬間、フロアの空気は一変します。 「金利跳ねたぞ! 株のポジション落とせ(リスクを減らせ)!!」
人間が考えるよりも先に、アルゴリズムが一斉に反応し、金利感応度の高いハイテク株や先物を売りに走ります。金利の0.1%の上昇は、DCF法の計算結果を狂わせ、ポートフォリオ全体のリスク許容度を超えてしまう可能性があるからです。
「全部売り」とまではいかなくとも、プロは瞬時に「持っているリスク量」を調整します。 個人のデイトレーダーがチャートの形を見ている間に、プロは金利を見て「逃げ」や「ヘッジ」の判断を完了させています。このスピード感の違いが、パフォーマンスの差になります。
まとめ:ハイテク株投資家こそ、毎朝「金利」をチェックせよ
私は、競争優位性のある素晴らしい企業であれば、一度買ったら数年間は売買せずに保有し続けるのが基本的にはベストだと考えています。 しかし、だからと言って「金利を見なくていい」わけではありません。
金利の知識があれば、以下のような「判断」が自信を持って可能になります。
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買い時の選定: 「今は金利が高すぎて割高だから、ひとまず債券に投資しておいて、株価が下がるのを待ってから買おう」
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精神安定: 「株価が下がったのは企業のせいじゃなく、金利のせいだ。だから売らなくていい」
金利を見ずに株を買うのは、「地図を持たずに航海に出る」ようなものです。 バフェットがそうしているように、金利が高い時は無理に攻めず、「休む(債券やキャッシュで待機する)」ことも、立派な投資戦略なのです。
「じゃあ、金利が下がった時にどの株を買えばいいの?」 と思った方へ。 私が分析した「最強のMoat(堀)」を持つ企業たちのレポートを置いておきます。金利が落ち着いた時のために、今のうちに研究しておいてください。
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(※本記事は投資勧誘を目的としたものではありません。投資判断は自己責任で行ってください)


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